【関光彦】死刑廃止団体「15歳の少女を強姦し、その両親、祖母、妹(4歳)を殺害したのは19歳の時、精神的に未熟だった。死刑はおかしい」え?

死刑

1:2017/12/19(火) 17:41:52.81

法務省が19日に死刑を執行した死刑囚2人のうち、1人は犯行時19歳の少年だった。犯行時に少年だった死刑囚の刑執行は、1997年の永山則夫元死刑囚以来20年ぶり。同省は、当時の年齢は執行に影響しないとの考えだが、死刑廃止団体からは強い非難の声が上がった。

92年に千葉県市川市の会社役員宅で一家4人を殺害するなどして死刑が確定した関光彦死刑囚(44)は犯行時に19歳だった。96年の東京高裁判決は「卑劣で残虐な犯行で、自己の欲動を抑制しない危険な傾向が顕著だ」と指摘していた。

少年法は、犯行時に18歳未満だった被告に限り、死刑を無期刑にすると定め、無期刑も減刑できるとするが、18、19歳は対象外だ。関死刑囚の弁護人は一審の死刑判決を支持した高裁判決後、「わずかな年齢差が、生と死を分けるほどの意味を持つのか」と疑問を投げかけた。

山口県光市で99年に起きた母子殺害事件や、宮城県石巻市で2010年に元交際相手の姉ら3人を殺傷した事件でも被告の死刑が確定しているが、犯行時の年齢は18歳だった。凶悪事件が起きるたび、厳罰化を求める声が上がる少年事件。選挙年齢に合わせ、少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満に引き下げる動きもある。

市民団体「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」は今月17日、上川陽子法相の地元・静岡市で集会を開き、死刑を執行しないよう求める要請書を法相の地元事務所に届けたばかりだった。同団体の深田卓さん(69)は関死刑囚の執行について、「精神的に未熟な状態で事件を起こしたのだから更生を進めるのが司法の役割だ。それなのに死刑判決を出し、なおかつ執行してしまうのは、死刑制度廃止の国際的な潮流にも反する」と語った。

一方、松井喜代司死刑囚(69)は群馬県安中市で94年2月、交際女性と両親を殺害したとして殺人などの罪に問われた。99年9月に上告が棄却され、その後、死刑が確定した。

松井死刑囚に家族を殺され、自らも負傷した女性は95年10月の控訴審判決時、「死刑になっても3人が元気な姿で帰ってくるわけではない」と話していた。松井死刑囚に対する思いを問われると、「突然むごい殺害をしなくても、きちんと話をすればいくらでも解決できた」と述べていた。

関、松井両死刑囚はいずれも再審請求中だった。深田さんは「再審請求は確定死刑囚にも正当に認められている権利で、何度も請求を繰り返してようやく無実の罪を晴らした人もいる。その権利を奪うとは許しがたい暴挙だ」とこの日の執行に疑問を呈した。

朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASKDM3HFCKDMUTIL00Z.html


14時間で一家四人を惨殺した関光彦
http://ww5.tiki.ne.jp/~qyoshida/jikenbo/001seki.htm

19歳未成年でありながら、関 光彦には異例の死刑判決が下る。

関光彦は元々が相当なワルで、暴力・盗み・強姦などは当たり前で、ケンカ用にナイフや警棒などを持ち歩いているほどだった。
母や弟などは容赦なく殴り、祖父の金を盗んだ時には、そのことで怒った祖父に逆に腹を立て、祖父の顔面に蹴りを入れて眼球を破裂させ、祖父を失明させたこともある。

18歳の時(平成3年3月)千葉県船橋市内で一人暮らしを始める。同年10月25日、市川市内のフィリピンパブでホステスをしていたエリザベスという女性とフィリピンで結婚する。そして関光彦19歳の平成4年、凶行は実行された。

元々の事件の発端は、2月6日、光彦が市川市のフィリピンパブの顔なじみのホステスを連れ出し、自宅に二日間監禁したことに始まる。翌々日の8日、二人のホステスは泣きながら店に戻り、光彦に監禁されたことを経営者に報告する。怒ったパブの経営者は、
知り合いのヤクザに光彦の落とし前をつけてくれるように頼んだ。この日から光彦はヤクザに追われることとなる。

11日、光彦はイライラしての行動か、東京都中野区の路上を歩いていた24歳の女性を襲い、鼻の骨を折るなどの怪我を追わせ、車に連れ込んで自宅に監禁し、強姦する。そしてその翌日の12日。後に自分の家族四人を惨殺されてしまう「15歳の少女」はこの日、関光彦に出会ってしまう。

光彦は買い物帰りの少女の自転車にわざと車をぶつけ、車で病院に連れて行った後、自宅に送ってあげるふりをして自分の家に少女を連れ込み、監禁して強姦した。その際、少女の生徒手帳から名前と住所を書き写し、誰にもしゃべるな、と脅しをかけた。

くしくもこの日の夜、光彦は暴力団組長から呼び出しをくらい、先の、ホステスを監禁した件で売上損失分と慰謝料として200万円払うように強制された。もちろん断ることも出来ないし、そのような金を持っているはずもない。

月は変わって3月5日。連日ヤクザに激しい追い込みをかけられていた光彦は、すでに家に帰ることも出来なくなっていた。ここで光彦は、先日住所を書き留めておいた少女の家に押し入り、金を強奪することを思いつく。

平成4年3月5日午後5時ごろ

光彦はその少女一家が住むマンションに押し入る。その時マンションにいたのは少女の祖母(83)一人だけであった。通帳を出すように迫ったが、拒否されたため祖母の首を電気コードで絞めて殺害した。光彦はそのままマンションに居座り、他の家族が帰って来るのを待った。そして約二時間後、少女(15)と母親(36)が一緒に帰ってきた。

包丁をつきつけ「騒ぐと殺す」と脅し、母の首を後ろからつかみ、「黙ってうつぶせになれ」とうつぶせを強要。母が背中を見せたところを容赦なく包丁でメッタ刺しにして殺害した。光彦は床に流れた血を少女に掃除するように命じる。恐怖で凍りつきながら少女は黙々と掃除を行った。

間もなく4歳の妹が保母さんに連れられて帰ってきた。光彦はこの時点で二人殺しておきながら、少女に命じて食事を作らせ、光彦と少女と妹の三人で夕食を食べた。間もなく妹は「おばあちゃんが寝てるから私も、もう寝る。」と言っておばあちゃんの部屋に入った。妹は、おばあちゃんが殺されているとも気づかず、遺体のそばで眠りについた。

通帳と印鑑の場所は父親しか分からない。光彦は父親が帰ってくるのを待つ間、少女に襲いかかり、強姦を始めた。間もなくして父親が帰ってきた。いつもより早い帰宅だった。強姦の途中ではあったが、光彦は包丁を持って父親を待ち伏せ、いきなり左肩の辺りに包丁を突き刺した。悲鳴を上げて父親が床に倒れる。

「現金でも通帳でもいいから200万出せ!」

倒れた父親を足蹴にしながら光彦が叫ぶ。父親は家族を守るため、通帳と印鑑の入った引き出しを教えた。口座に入っていたのは、銀行と郵便局を合わせて約360万。

「もっとあるだろう!」欲にまみれた光彦は更に上を要求した。

「(会社の)事務所に通帳と印鑑がある・・。」重症を負いながらも父親は答えた。
「取りに行くぞ! 親父の会社に電話しろ!」

もはや抵抗する気力の失せていた少女は、言われるままに父親の勤務先である編集プロダクションに電話し、これから通帳を取りに行くことを告げた。

会社に着くと父親の同僚たちが心配そうに事情を聞いてきたが、喋っては家に残っている父親と妹が殺されると思い、「ヤクザがお父さんの記事が悪いと言ってお金を取りに来てるんです。通帳と印鑑があれば何とかなるからって・・。」とだけ言い、光彦のことは喋らなかった。

「大丈夫?」と聞かれたが「大丈夫です。」と答え、通帳と印鑑を受け取って会社を出た。しかし少女が家に帰ってみると、無情にも父親はすでに殺されていた。一足先に帰った光彦がとどめを刺していたのだ。

朝になり、少女の家の電話が鳴った。昨日行った事務所の人が心配して電話をかけてきてくれたのだ。電話にはいったん出たものの、光彦に強引に切られてしまった。

「余計なこと話すんじゃねえ!」と、少女を怒鳴る。

怖がった妹が泣き始めた。「うるせえ!黙れ!」光彦は、泣いている妹に腹を立て、身体をつかんで背中から包丁を突き刺した。包丁は胸まで貫通した。

「痛い・・痛い・・」と苦しんでいる妹に対して、光彦は少女に「お前がとどめを刺してやれ!」と命令する。しかし少女が硬直して動けないでいたため、光彦が首を絞めて殺した。

妹まで殺されて、少女はここで初めて光彦に抵抗したが、「お前も殺されてーか!」と、逆に包丁で腕や背中を切りつけられてしまった。

「殺される・・」

そう思った瞬間、突然家のドアがバーンと開き、警官隊が突入してきた。

さっきの事務所からの電話が不自然に切られたこともあって、事務所のスタッフが「様子がおかしい」と感じ、警察に通報していたのだ。現場に急行した警察官が外から様子を伺い、犯行を目撃した。そして事件と判断し、一気に室内に突入したのだ。

逮捕された後も光彦は、平成元年年の綾瀬女子高生コンクリート詰め事件で誰も死刑になっていないことを引き合いに出し、「俺なんか楽勝でしょ。」などと語っていた。

「未成年が死刑になるはずがない。」、「とうとう少年院行きか。」ぐらいにしか思っていなかったというが、平成6年8月、千葉地裁が下した判決は死刑であった。

「金銭を工面するための犯行で動機に酌量の余地はなく、四人の命を奪った結果は極めて重大。犯行時、被告が少年だったことなどの事情を考慮しても死刑はやむを得ない。」

高裁、最高裁ともに上訴を棄却し、平成13年12月、死刑判決が確定した。「未成年であれば、どんな凶悪犯罪でも少年院で済む」と思っていた光彦の甘い考えは完全に覆(くつがえ)された。


155:2017/12/19(火) 19:01:33.68

こんなゴミカスを20年以上も税金で養ってたのか


18:2017/12/19(火) 17:52:34.42

こいつらどう考えても死刑以外にありえないドクズじゃねえか
死刑廃止団体に強い避難だわ


827:2017/12/19(火) 21:21:43.33

今年一番胸くそ悪くなった
死刑にすんの遅すぎるわ


25:2017/12/19(火) 17:58:40.19

8:2017/12/19(火) 17:49:05.57

一般市民の俺はよくやったと思うよ


12:2017/12/19(火) 17:50:50.36

つーか支援団体が掛かってる経費負担しろよ。
毎月100万円払うから執行待ってくらい言えよ


21:2017/12/19(火) 17:54:32.10

千葉の事件で死刑以外にどうしろと?逆に聞きたいわ
むしろ拷問刑があったらプラスしてやりたい位じゃないかよ


55:2017/12/19(火) 18:12:44.74

まさか関にまでこんなバカげた事をほざいてくるとは


99:2017/12/19(火) 18:35:40.37

こんな凄惨な事件を起こした殺人鬼を
排除するのは政治家として当然の職務


100:2017/12/19(火) 18:36:15.23

少年法を撤廃し、悪いものは年齢に関係な
く悪いと教えなければならない。


604:2017/12/19(火) 20:41:09.32

死刑廃止団体は何が目的なの?
意識高い系?


20:2017/12/19(火) 17:53:33.83

死刑廃止団体の連中を殺しても
死刑廃止を訴えてくれるのかね?w


171:2017/12/19(火) 19:07:33.88

以前は死刑廃止側の人権派弁護士の岡村勲弁護士も
妻が殺害されて初めて遺族感情が分かったって
法改正に尽力したからな。


717:2017/12/19(火) 20:59:56.83


元日弁連副会長の岡村勲弁護士(七一)の自宅で、夫人の真苗さん=当時(六三)=が訪れた男に殺された。

犯人(六六)は山一証券との株取引で損をし、そのうらみから同証券での交渉相手だった岡村弁護士宅を訪ね、応対に出た夫人を用意したナイフで刺し殺した。

岡村弁護士は犯罪の被害者になって初めて「司法と被害者の距離を実感した」という。

男が捕まって裁判にかけられても、その言い逃れに被害者の岡村弁護士は一言も反論できず、「じっと唇をかんで」黙っているだけだった。「なぜ、ここまで被害者が捨て置かれるのか」

やっと法廷で証言する機会を得た岡村氏は「(犯人を)極刑にしていただきたい」と訴えた。被害者としては当然の思いだった。

そして昨年夏、東京地裁で判決が下された。「主文、被告人を無期懲役に処す」


死刑絶対肯定論―無期懲役囚の主張


57 COMMENTS

ぴろり

生き残った人の苦悩の人生を思うだけで泣けてくる
こんな奴の味方する人がいること自体許せない。
自分の身に起きないと自覚できない異常者なのかな

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名無し

まず死刑囚人10と深田卓を一部屋にまとめ机の上には10本の包丁を用意し1週間過ごして貰う、色々な話を聞いてまとめてもらい深田が生きてたら再考慮、死人が出たら随時刑執行。

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ぴろり

死刑より重い判決があるならばと思うくらい、酷い事件だ。こいつの死刑を未成年だからと言って反対している奴らも、被害者の心を殺す加害者だよな!

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